2011年8月18日木曜日

どうせなら…

夏男、ダイです。
(誰も言ってねーか)



私事ですが、最近、生活スタイルを変えてみました。

キッカケは、この暑さ。

我が家の寝室は3階にあるのですが、これが死ぬほど暑い。
クーラーのタイマーが切れた瞬間に目が覚めるほど暑くてたまらない。
まあ、毎年悩んでいることなんですが、良い方法が見つからない。

なので今年は少し発想を変えてみました。
「暑くて目が覚めるのなら、起きちゃおう」と。

ということで、日中に支障をきたさない程度の早起きTIME:AM5時に
起きることにしてみました。当然、クーラーは5時までつけっぱなし。
(節電意識低っ!)

ここで意外な副産物。
最近、読書時間が取れなかったり運動不足もあったので、まさに一石二鳥。

一日の始まりはWalking&Running。
約30分程の運動ですが、かなり体がスッキリ。

家に戻ると、すぐにシャワー。
スッキリしたところで、BokiⅡ学習や読書。

7時からは日経新聞を読みながら、おいしい朝食。
奥様、いつもサンキュ(笑)。

で、支度を終えて8時に家を出発!


と、最近こんな僧侶みたいな生活を送っています。
そのせいか、23時には眠くなるてしょうがない。
当然のことながら、自分から飲みに行くことが減りました。

「しょーもない男になりましたね~」と言われそうですが
この夏は、これで乗り切ろうと考えている今日この頃です。


皆さんも一度、試してみては如何でしょう?
意外にはまるかもしれませんよ。

2011年8月17日水曜日

週末ポタリング(3)

あやとびで手をクロスするとき、右腕が前にくる OK@Noです。


ツーキニストであるワタクシの通勤の一コマ。



なかなかのどかな駅でしょう。

大和川の土手の上にある その名も『大和川』。

週末ポタリングでは こんなのどかな場所をのんびりと走ります。


みなさんのお勧めの場所がありましたら、情報ください。
ぜひ行ってみたいと思います。


2011年8月16日火曜日

おにぎりの のりは しんなり派の OK@Noです。


連日繰り広げられる 高校球児たちによる 熱きドラマ。
最後の最後まで諦めない姿勢が 観ている人を感動させるのでしょう。


さて、我が母校はというと・・・・・














跡形もなく なくなっていました。
何という幕引き。実に残念です。

2011年8月15日月曜日

昨日、『2日続けて ガリガリ君が当たる』という夢を見た
OK@Noです。


行列の出来る・・・で紳助がこんなことを言ってました。
「一生懸命やったけど失敗した。 これは 失敗と違う。 失敗は
何もしなかったこと

心の中でくすぶっていたものが 熱くなるのを感じました。


よしっ 今日からはじめよう!

2011年8月12日金曜日

週末ポタリング(2)

こんにちは OK@Noです。
先日、大阪店 八次氏と 神崎川 ~ 淀川 ~ 濃いー大阪 を走ってきました。

内容については 大阪店のブログで八次氏がupしてくれると思います。
(今回写真を1枚も撮っていないため)














上記は、前回の八尾空港の写真です。
全然関係ないですが、写真の載せ方が分かったので 載せてみました。




次回ですが、日にち未定で 大阪渡船巡り を予定しています。
興味のある方はぜひ参加してください。

ダイナマイト氏 参戦待ってます。




2011年8月9日火曜日

週末ポタリング

社内のゴルフブームの陰に隠れて 密かにではありますが、自転車ブームが到来しました。

ブログ初登場 OK@No です。
ワタクシは基本 ツーキニストではありますが
月に1~2回 100km程度のポタリングを楽しんでおります。

先日、行ったのがこちら。















すいません。画像が大きすぎて 貼り付けられませんでした。
想像してください。
ここが八尾空港です。
あれが文珍師匠の飛行機です。
文珍師匠の飛行機がどれか分からない方、もっと強くイメージしてください。















ほら、そこ!! ボ~ッとしない。
ほって帰るよ。

足早に八尾空港を後にします。

帰りは 石川を上るルートか大和川を下るルートかを悩みましたが、
そこはどちらも河川敷。
日を遮るものが何もなく、地獄のような暑さ。
う~~ん と考えてるうちに 気がつけば知らない場所へ。いい年して迷子です。

外国での迷子は大人でも泣いてまうやろー とブラマヨのネタを思い出しながら
ケータイ片手に 自分の位置を確認しながら戻ってまいりました。

外国じゃなくてよかったです。




2011年7月27日水曜日

今日は休みなので、こんな時間に投稿しているダイです。
(決して仕事が暇で書いているんじゃございませんので・・・。)


今回は、以前に全店メールでご紹介した小倉広さんのメルマガ「あたりまえのこと」
について、もう一度触れようと思います。


この「あたりまえのこと」を読んで、ハッとした人も多いのではないでしょうか?
私自身、これまでを振り返ると、出来ていないことが沢山ありました。


もともと、“道徳”とか“礼儀”を重んじるタイプ(意外でしょ。笑)で、もっと言えば
人としての価値も、こういう「あたりまえのこと」が出来るかどうかで決まると思っているくらいです。


ということで、自戒の意味も込めて、ここでもう一度紹介するとともに、
LHG社員全員がこのくらいのことは「あたりまえ」に出来るようになれば、と願っております。



「あたりまえのこと」小倉広

先週から今週にかけて出張が続き、何度も新幹線に乗る機会があった。そういえば、ここ数年、

新幹線に乗る時に心がけていることがある。それは、降りる際にリクライニングシートを元通りに
戻すことだ。あたりまえ、と言われればあたりまえのことである。同様に、飲み物などのゴミを
持ち去り、座席をきれいにしてから降りる。それもあたりまえのこと。

しかし、降りる時に周囲を見渡してみると、そのあたりまえが、かなりの高い確率で破られている
ということに気がつく。リクライニングが深く倒されたまま。ペットボトルやお菓子の袋が散らかり、
漫画本が無造作に投げ出されたままで席を立って行く人たち。どうやら、あたりまえのことは、
決してあたりまえではなくなっているようだ。

偉そうに言っているこの僕も、実はつい数年前までそれができていなかった。清掃係の人がやって
くれるだろう。ならば、僕がやる必要はない。そんな風に甘えていたのだ。

飲食店で食事が終わり、帰る時にイスをテーブルの中にしまうこと。それも、ようやくこの数年で身
に付いた習慣だ。会議が終わった後の会議室のイスをしまうことも同様。終わった後だけではない。
例えば、トイレなどで一時的に席を離れる際にも、できるだけイスを入れてから席を離れる。それも
最近ようやく身に付いた。

外を歩いている時に、道ばたに空き缶やペットボトルが捨てられているのを見つけたら、拾ってゴミ
箱へ入れる。風でなぎ倒された自転車を見つけたら、誰のものかわからなくても起こす。同様に
観葉植物が倒れていても起こす。その度に、心が軽くなるのが感じられる。

エスカレーターや道ばたで、お年寄りが小さな歩幅で、ゆっくりと歩いている。そんな時は試され時だ。
イライラする心を抑えて、お年寄りに要らぬプレッシャーをかけてしまわないように、少し距離を置いて
こちらもゆっくりと歩く。電車を降りる時、我先にと人が殺到する時は、競わずに相手に先を譲る。エレ
ベーターを降りる時は「開」ボタンを押して、最後に降りる。とても小さなことだが、それができた時には
気持ちがいい。

車を運転している時に、右折しようと待っている人がいたら、スピードを緩めて止まり右折させてあげる。
交差点で、どちらが先に行くか相手とお見合いになったなら、相手に先を譲る。相手の方が頭を下げ、
感謝の意を表してくれるのを見ると、こちらまでもが嬉しくなる。

誰かに何かをしてもらった時は、「すみません」と謝るのではなく、「ありがとう」と感謝を伝える。かつて
の僕は「ありがとう」と言うのが恥ずかしくて、いつも「すみません」と謝ってばかりいた。しかし、それは
自分の体裁を繕う言葉であり、感謝の言葉ではない、と気づいた時に変えることにした。自分が恥ずか
しいことよりも、相手に喜んでもらうことを優先すればいいだけのこと。そう気づいてから「ありがとう」と
いう言葉を多く使うようになっていった。

かつての僕は、このような道徳的なことは、仕事とはまったく関係ない、と思っていた。しかし、そうでは
ない、とここ数年で気がついた。これらは仕事と関係するのだ。いや、仕事と直結している。

リクライニングシートを倒したままで新幹線を降りる人は、おそらく仕事の場面でも同じような行動を取る
はずだ。

風でなぎ倒された自転車を見ても見過ごす人は、仕事の場面でも「それは私の仕事ではありません」
と一線を引くだろう。

エレベーターを降りる時に我先にと進む人は、仕事の場面でも自分の権利をまずは主張するだろう。

そんなリーダーを部下は冷静に見ている。自分の上司として、尊敬に足る人物かどうか。部下はリーダー
の気づかぬところも常に冷静に見ている。僕たちリーダーは常に見られているのだ。

それだけではない。良き行動をするほどに、僕たちのエネルギーは高まっていく。自分のことが少しずつ
好きになる。自分という存在を認められるようになっていく。すると、揺るがなくなっていく。自分の決断に
対して自信がついてくる。

リーダーという仕事はつくづく辛い仕事だ。全員が賛成してくれるような意思決定はあまりない。あちらを
立てればこちらが立たず。部下のためを思い、社員のためを思って取った行動に対して、その部下から
不平不満が出る、なんてことは日常茶飯事だ。

しかし、それでもリーダーは決断しなければならない。その時に揺るがないこと。自分は正しいと信じられ
る自分でいなくてはならない。そのためには、このような日々の小さな善なる行いを積んでいく。陰徳を
積むことがとても大切になってくるのだ。

先日、友人と食事をしていた時にこう言われた。「小倉さんは聖人君子のようですね。お坊さんのような
仙人のような生活をしているのですか」と。それは大きな勘違いだ。僕は先に述べたことをずっとやって
いなかった。四十年もの間、ずっと周囲に迷惑をかけ、誰かの恩を受け、それに気づかずに平気な顔を
して生きてきた。面の皮の厚い、失礼な奴であったのだ。

だから、今はその借金を一所懸命に返している。おそらく一生かかっても借金は返せまい。それほどに、
人に対して失礼なことをし、誰かからたくさんの恩を受け続けてきた。そんな人間だ。しかも、いまだに、
やるべきことをやろうとしてもできないこともある。仕事の忙しさにかまけて、あえてやらないこともある。
まったくもって完璧ではない。弱い、普通以下の人間だ。

しかし、ダメなりに日々努力をしている。今日はできなくても、明日はもう一度やり直すだろう。それで
できなかったら、明後日もやり直す。ようやくそうやって、少しずつ「あたりまえ」の人間に近づいている
だけの弱い人間だ。

でも、確信はある。きっとこの道は間違っていないと。だから、誰かのためではなく、自分のために信じ
た道を少しずつ歩いている。いや、誰かのため、が自分のため、だ。だって僕はたまりにたまった「恩」と
「罪」という借金を返したい、と強く願っているからだ。自宅の机の前の壁に、僕はこんな言葉を掲げて
自分を励ましている。

「ご恩返しと罪滅ぼし」

今日もまた、僕は風で倒れた自転車を見つけたら起こすだろう。道ばたに転がるペットボトルを拾うだろう。
それは、自分の心を軽くするために。「恩」と「罪」の借金を返すためにやることなのだ。まだまだ残高は
多いけれども。この道で間違いない。出張先で新幹線のシートを起こしながら、そんなことを考えた。